イングランド
近代サッカーの起源は、中世イングランドで「フットボール(マス・フットボール、モッブ・フットボール)」として行われていた、村同士で1つのボールを互いの村の決められた地点まで運んでいく遊び(あるいは宗教行事)である。謝肉祭最終日である懺悔火曜日に行われることが多かったことから、「懺悔火曜日のフットボール」とも呼ばれた。いつ、どのような目的でこのような催事が始まったかは明らかではない。ただし類似の催事はヨーロッパ各地で行われていた。ルールは無いにも等しく手や身体の使用に関する制限も参加人数の規定もなかったが、多くの地域に共通して「一点先取したほうが勝ち」というルールが採用されていた。明確なルールがないため、勝利に固執するあまり互いの妨害行動も頻発し、決められた地点にボールを持っていくまで何日も試合が終わらないという事態が度々あった。死傷者の発生や他人の財産を損ねる事もしばしばあったため、時の国王がしばしば「フットボール禁止令」を発している。イングランドの一部地域では現在でも、このクラシックなフットボールが祭典として行われている。